このたびの台風による被害を受けられた皆様に、心よりお見舞い申し上げますとともに、一日も早い復旧を心よりお祈り申し上げます。
11月10日、台風19号の被害が甚大な宮城県丸森町に、長男とボランティアに行ってまいりました。
迷ったら行ってみてください

初めてのボランティア。
いろいろ不安でした。
でも、行ってみたら、もっと早く言っておけばよかった、と思います。
心配していたネガティブなことは、何も起きませんでした。
もちろん、なれない作業で、身体は疲れました(筋肉痛になるほどではありませんでした。)。
長めの長靴とゴム製の手袋、花粉対策用のゴーグルもあるとイイです。
10日に参加しました。その数日前は良いお天気で、被災地も乾燥しているだろうと、予想していました。
実際、道路や空き地などは、乾燥していて風が吹くと砂埃が舞う状況でした。
しかし、活動場所となったのは、ため池でした。
ため池に泥がたまり、水があふれてしまうため、その泥かきだったのです。
ため池は、泥がたまり、表面は水分もなく、湿った土、という状態でした。
しかし、実際は、水分を多く含んでいて、少し掘ると泥状態となりました。
場所によっては、結構深いところもあり、ふくらはぎ程度の長靴だと不安でした(長靴の中まで泥が入ることはありませんでしたが、活動中心配になることは多々ありました。)
また、時間が経つに連れ、軍手は湿ってきましたし、泥が染み込みました。
爪の中に泥が入りこみました。ゴム製の作業用手袋がよかったな、と思いました。
そんなわけで、これからボランティア活動を考えている方は、ぜひ長めの長靴と、軍手に加えてゴム製の作業用手袋(ワークマンやホームセンターでお安く売っています。)をご用意ください。
また晴れていて乾燥していると、砂埃が舞います。花粉対策用のゴーグルやメガネがあるとイイと思いました。
地震、台風、いつも気になっていました。
東日本大震災以降、いつも気になっていました。
お手伝い程度の作業はしたことありますが、ボランティア活動として被災地に入ったことは、恥ずかしながら経験ありませんでした。
いや、行けたのに、なんだかんだと言い訳して行かなかったのです。
千葉ではお世話になった方が被災し、電話でお話をすることができました。
19号では、釜石ラグビーと日が重なり、釜石と釜石に行くまでで、被害を目の当たりにしました。
その翌週、予定していた集まりに長野へ行くと、私にとっての神様である三好礼子さんが、連日、ボランティア活動をされていました。
こんなことから、参加しよう、と決心をしました。
家族にも経験してもらいたい
嫌がる長男を無理やり連れての参加でした。家内は、用事があって不参加となりました。
もし、ボランティア活動に行ってみたいけど、ちょっと自信がない、という方に、お役に立てるのではないかと思い、記事を書きました。
11月2日からの三連休、そして9日、10日、丸森町へ、ボランティアの送迎バスが用意されていました。
仙台駅東口から丸森長の災害ボランティアセンターまでの往復、バスを出してくれるというものです。
予定を確認すると、次の週の10日、予定が空いています。しかも、第二弾が用意されていました。
よし、長男連れて丸森町に行こう。きっと、いつか、感謝してくれることを期待して。。(身勝手)
そう考えて、10日にボランティア活動するプランを立て始めました。
用意したもの
- 汚れても良い長袖、長ズボン。楽天イーグルスファンクラブで手に入れた年代物のパーカーやスエットを用意しました(ほぼ寝巻き)。
- 軍手。力仕事が多いと予想して、ゴムの滑り止めがついたもの1つに普通の軍手を2つ。
- 長靴
- マスク
- タオル
- 帽子
- 2リットルのペットボトル。手を洗ったりできるように多めに準備。
- ウエットティッシュ
- 昼食(コンビニで購入)
ゴーグルは持ち合わせていなかったので、準備せずに参加しました。
バスに乗ること80分ほどして、丸森長災害ボランティアセンターに到着しました。

まず目に入ったのが、巨大な災害廃棄物の山。

あまりの量の多さに、言葉を失いました。全て思い出の品だと思うと、本当に胸が苦しくなりました。
雲ひとつない晴天でした。しかし、風が吹くと、砂埃が吹き荒れ、目を開けているのが大変でした。
ゴーグルはあった方がいいですね。
それも花粉対策になるような、目全体を覆えるタイプがいいと思いました。
よく見ると、道路や歩道、駐車場は茶色い細かい粒子に覆われています。
おそらく山から流れてきた粘土質の泥が乾いたものでしょう。
そして、ガードレールの支柱の付け根や、歩道のところどころに、稲わらが積もっていました。

ここ一帯が、大量の水に覆われたことがすぐにわかりました。
ボランティア活動にあたっている車両も、みな、茶色い泥で汚れています。
1ヶ月近くたった今でも、これだけ泥が残っています。今は乾いていますが、被災直後、湿った状態の時のことを想像すると、胸が苦しくなります。
センターでの注意点として、トイレを済ませるように言われました。
センターに10個ほどの仮設トイレが設置されていました。
今回の災害は、とても広範囲のため、仮設トイレの数が足りないのだそうです。
できるだけトイレに行かなくて済むようにしほしい。
トイレがあったとしても、数が足りず、待ち時間が長くなることを覚悟しておくよう言われます。
実際、私どもの活動場所には、仮設トイレが1つしかなく、30人の男女が1日、一つのトイレで用を足すことになりました。
また、被災地の写真撮影は遠慮すること。被災された方の心情を思えば、当然のことです。(センターの写真は許可されています。)
5人1組になり、リクエストのある家家に向かいます。
今回、私たちは30人ほどのグループに入りました。
今日のミッションは、溜池にたまった泥をかき出す、というもの
住宅地にあるため池に、泥がたまってしまい、水があふれ、付近の住宅を襲ったのです。
現在も、ため池にはたくさんの泥が残っており、先週の雨の時もあふれたと言います。
我々ボランティアが、人海戦術で、泥をかき出し、ため池の貯水効果を復活させる、という目的です。
シャベル、スコップは、ボランティアセンターが用意してくれていました。
土嚢に泥を入れ、その土嚢を道路へ運ぶ。
道路に積まれた土嚢を、軽トラックで運び出す、というもの。
溜池とはいうものの、見た感じ水はなく、畑のような黒い土が一面を覆っていました。
長くつであれば、何の問題もなく入れる状態でした。
30人がそれぞれの場所を確保し、1時間、泥をシャベルで土嚢に入れて、運び出し、を繰り返します。
掘り進めていくと、だんだん湿り気が強くなります。
もとが溜池ということで、水分が非常に多い、重たい泥でした。
土嚢の袋一杯に泥を入れてしまうと、とても重たくなります。
道路まで運ぶのも大変になります。
なので、土嚢の半分くらいで、運び出すようにします。
本当に重たかった。。
こんな泥が家の中に入ってきて、それを書き出したんだな、被災された方々の気持ちを思うと、言葉がありません。
お昼休みを1時間、しっかり取り、午後の作業に入る頃になると、泥はヘドロ状の水分を多く含み、水が滴るほどになってきます。
長靴は、長ければ長いほどいい
足首くらいは、平気で埋まります。
ふくらはぎの下くらいまでの長さだと、少し心配になり、動きが鈍くなります。
ふくらはぎを覆い、ひざしたまで届くくらいの長靴がいいと思いました。
また、最初は軍手も乾いた状態で、なんら問題なかったのですが、午後には、軍手も湿ってきて、最後は濡れた状態、泥だらけでした。
しっかり手を洗っても、指先から、なんとなく有機物の匂いがします。
爪の間に泥がたまっていました。
手袋は、ゴム製のものをお勧めします。
ワークマンさんや、ホームセンターで、安く入手できる手袋を準備することをお勧めします。
滑り止め付きのものや、透湿性のあるものまで、実に多くの種類があります。見てて楽しいですよ。
私は、バイク用に防水透湿タイプのものも買いました。なかなかいいですよ。
女性も、ご高齢(失礼な言い方ですみません)な方も、みな、黙々と力仕事をこなされていました。
15時ごろ、作業終了となりました。
土嚢何袋くらいかき出せたのか。
1日かけて、ため池の数割?くらいの泥をかき出せたようです。
30人で1日かけて、これだけか。。。

人間の小ささ、自然の大きさを感じました。
ため池に流れ込む用水路の水で、長つくやシャベルについた泥を落とします。
手を洗ったり、長靴の汚れを落とす水はご用意いただいていました。
被災直後は、そんなものはなかったと想像できます。本当に頭が下がります。
各家家に派遣されたチームも戻ってきました。
バスで参加した全員の集合を確認して、ボランティアセンターに戻ります。
体がすでに悲鳴を上げていて、歩く足取りも重く、長男も疲れたー、と、テンションが下がっていました。
なんと大変な作業なんだろう。いや、被災された方は毎日この作業をしているんだよな。
複雑な気持ち、感情を感じました。
前から、犬を散歩するご婦人とすれ違いました。
その時、
「おつかれさまでした。どうもありがとうございました。」
と、声をかけてくださいました。
疲れが一気に取れました。
「少しは人さまのために、なれたのかな。」
息子は、小さくうなずきました。

帰りのバスの中は、あっという間に寝落ちしました。
仙台駅を歩く、寝巻き姿、泥だらけの2人。
不思議と恥ずかしい、という気持ちはありませんでした。
むしろ、誇らしい気持ちを感じました。
嫌がる息子を無理やり連れてきましたが、帰り道は、文句も言わずにいました。
「今度は、誘わずに、父さん一人で行くよ。」
「なんで?誘ってよ。」
「そうか。じゃ、また機会があれば、一緒に行こうか。」
心地よい疲れと、寒くなってきた空気を感じながら、疲れた足で家に向かっていました。
乾燥させるために窓やドアを開け放ち、ぬれた畳を撤去し、床が骨組みだけになってしまった家々を思い出しながら歩きました。
1日も早く暖かい日常に戻れる日が来ることを願うばかりです。
家に帰ると、奥様が、お風呂を入れてくれていて、暖かい夕ご飯を作ってくれていました。
こんな当たり前の日常が、こんなにありがたいものだとは。
被災された方々は、今頃、どうしていらっしゃるのだろう。そんな気持ちでした。
毎日仙台から通っている、というスタッフもいらっしゃいました。
たくさんのスタッフの方が作業に従事されていました。
スタッフの方達のお顔をみるだけでも、行ってよかったな、と思います。
参加してきて、いろいろなことが理解できた気がします。
ニュースを見る目が変わった気がします。
もし時間があれば、参加してみてください。まだまだ必要とされている方々が、たくさんいらっしゃいます。
第三弾もありました。
また丸森以外でも、必要としてくれている方々がいらっしゃいます。
予定が合えば、是非、検討されてみてはいかがでしょうか。